TOEIC900を超えたら、退屈から抜け出せると思っていた

海外取引8年目、TOEIC900を超え1年がたちました。もちろん享受したメリットのが、遥かに大きいのですが「この先どうするのよ」と拍子抜けしたも事実。
「足るを知る」という言葉にあるとおり、『日常をどう捉えるかは自分次第で、何か武器を身につけたからといって、自分の思考が変わるわけじゃない』んですね。『新鮮、楽しい、幸せ』はいっときの感情でしかなくて、人生に満足できるか否かに資格や、所有物は関係ないのだな、と気付きました。というわけで、どなたかTOEIC900を取得して「アレ」と悶々とされている方に何かが伝われば幸いです。 (2020年3月加筆 さらに1年がたち、現在IT関連の会社にて社内通訳・翻訳に従事中)
スポンサーリンク
なぜTOEICにこだわったのか
私はそんなに長く英語上達を目標にしてきたわけではありません。どちらかというと、それしかできなかった、というほうで。貿易メインで海外取引に携わってきたものの、
- 調達業務や、
- 社内通訳、翻訳など
幅広く仕事していくためには、「わかりやすい結果」を持たなきゃだめだ、と気づいたから取ったのです。それで食べていくためには、自称ではなく誰にでも「できる」とわかる資格を持たないと相手にしてもらえないのを、いくつもの面接で痛いほど知っていたからです。(参考:3ヶ月でTOEIC900を達成したので、方法をまとめてみた )
英語がペラペラになったら、退屈な日常が変わると思った
「よし、次の試験に向けてやるぞ~」と燃えていたときは、「これをクリアすれば、こんな楽しい未来があるかも」という気持ちが常に片隅にありました。正直、常にわくわくしていたのです。
なによりその時従事していた仕事 (貿易云々) は楽しかったのですが、相手はほぼ中国か東南アジアの工場だったので、主に日本語か中国語だったので何か物足りず…. ただ漠然と「900を越えればこの退屈な日常が変わる」と思っていた のです。
確かに日常は変わったけど
- プライベートの友達は半分以上外国人になり、
- 「英語に関連した仕事」だけで食べていけるようになり、
いろんな面で生活は変わりました。労力に対する対価報酬も増え、働く時間はほぼ1/2で月収は変わらず30万維持と、金銭的にもメリットがありました。
あったのですけれど…
いままで、目標を追いかけて必死で勉強していた、「今の退屈な日常が変わる」とおもっていた。でも、変わった日常だって1年も経てば、それも「普通の日々」になってしまうのです。
TOEIC900を超えたら、その先は?
- フリーランスの通訳を目指す
- 国際会議での同時通訳者を目指す
- 洋書の翻訳をする
- 外国の大使館で働く
- マルチリンガルになる(中国語、スペイン語など)
- 英語を教える側にまわる
頭に浮かぶことは色々あるのですが、「これ」というものをまだ見つけられていません。ひたすら契約書を翻訳していると、これを一生の仕事にするのも、なにか違う気がするのです。AI翻訳の開発会社から、翻訳レビューと営業のお話しをいただいたのですが、そっちの方がまだ自分にはしっくりくる気がします…
スポンサーリンク
結局何を身につけても、満足か否かは自分の思考次第
今思うのは、「足るを知る」という言葉にあるとおり、『日常をどう捉えるかは自分次第で、何か武器を身につけたからといって、自分の思考が変わるわけじゃない』んですね。
『新鮮、楽しい、幸せ』はいっときの感情でしかなくて、人生に満足できるか否かに資格や、所有物は関係ないのだな、と気付いてしまいました。
与えられたているものだけを見ていれば、常に満ち足りていられるのです。人生に足りないものを見ていれば、決して満たされることはありません。 (オードリー・ヘップバーン名言 画像:晩年)
スポンサーリンク
あとがきにかえて
ちなみにこれは、「TOEICは意味がない」といった趣旨の記事ではありません。そして取っても使い道がない、という話しでもないのです。
- 英語がペラペラになったら、退屈な日常が変わると思っていたけど、
- TOEIC900 (といった武器) をもっても、1年も経てばそれが普通になってしまう
自分の人生に満足するか否かは、資格や所有物でなく自分の考え次第だなというお話しでした。また新たに「何か」を追い求める前に、「今あるものに感謝し、当たり前の幸せに気付ける余裕を持ちたい」なとおもいます。
スポンサーリンク